野中先生のSECIモデル
先月25日に経営学者の野中郁次郎先生がお亡くなりになったという報道がありました。
野中先生といえば「知識創造経営理論」でナレッジマネジメントの礎を築いた方として知られています。
企業戦略の課題の一つにイノベーションの創出がありますが、これは1990年代になってからの大きな課題でした。
MITのピーター・センゲは著書「学習する組織(Fifth Discipline)」で、企業の競争優位を生み出すためには、会社や社会のありようをシステムとして理解して、
「個人と集団の継続的学習」が必要と説きました。
その「継続的学習」を踏まえて、野中先生は「知識」には文章化できる「形式知」の他に「暗黙知」があるとしました。「暗黙知」とは個人が持つ知識やノウハウ、長年の勘などで主観的なもののこと。一方の「形式知」は言葉や図表などの形でデータ化された知識のことを指しています。
これらが個人の集団の中でどのように生まれていくのかを循環型の「SECIモデル」として示しました。
これはチームでの知識創造や漸進的なイノベーションの仕組みを説明したため、発表当時、関心を集めました。
この暗黙知を形式知に転換して共有し、組織全体を知的に進化させることがナレッジマネジメントの基本的な考え方としました。
これを行うSECI(セキ)モデルには「共同化」「表出化」「結合化」「内面化」という4つのプロセスがあり、これらを絶えず繰り返すことでさらに高度な知識が生み出されるというものです。
– 共同化:暗黙知を他者と共有する。
– 表出化:暗黙知を形式知に変換する。
– 連結化:形式知同士を統合し体系化する。
– 内面化:形式知を実践を通じて個人が体得し、新たな暗黙知とする。
システム運用屋の視点でみれば、システム運用業務では、熟練者が持つ属人的なノウハウ(暗黙知)が多く存在します。これらをマニュアルや手順書として形式知に変換し、自動化ツールに実装することで、自動化が可能になります。これはSECIモデルの「表出化」と一致します
自動化されたシステムを活用する中で、従業員は新しいツールやプロセスに習熟し、それらを個人の新たな暗黙知として蓄積します。この学習過程はSECIモデルの「内面化」に対応します。
こうして、システム運用の自動化は、SECIモデルによる暗黙知から形式知への変換プロセスを基盤として進められます。
一方で、自動化によって得られる新たなデータや経験が再び暗黙知として蓄積されることで、組織全体の学習能力が向上します。
この相互作用によって、自動化とナレッジマネジメントが両輪となり、持続的な効率改善と競争力強化が可能になります。
イノベーション理論については、ブルーオーシャン戦略やクリステンセンの「イノベーションのジレンマ」、デザイン思考などにつながって、業務効率化を超えた大きなジャンプをどのように生み出すかという方向の議論は今も続いています。
ただ現場レベルの業務改善にSECIモデルを活用する視点は、日々の業務の効率化や品質向上を目指すだけでなく、組織全体のパフォーマンス向上や競争力強化にも寄与します。具体的には属人化の解消、継続的な改善サイクルの構築、従業員エンゲージメントの向上などが考えられます。
野中郁次郎先生によって提唱されたSECIモデルは、その理論的枠組みだけでなく実践的価値も高く評価されています。先生の功績はこれからも多くの分野で引き継がれ、新たなイノベーション創出への道筋となり続けるでしょう。