「苦労に価値がある」という価値感
こんにちは。フィックスポイントの冨です。
ものづくりの過程では「手作りの良さ」「努力や苦労が大切」「1つずつ丁寧に真心を込めて」といった言葉は良いものとされます。丹念に職人技を駆使して作られた製品は特有の味わい深さがあります。
これがコモディティの生産になると大量生産をベースとしますので、「1つ1つ丁寧に手作業」のアプローチとは逆になります。製造過程で手作業の限界をむかえると、機械を導入して一気に効率化を図るわけですが、楽に作業が終わるようになれば、手作業の時代に戻そうとは思わないでしょう。
ITの導入にも似たところがあります。いままでの作業を抽象化・デジタル化を行い、手続きを自動化させれば、後は機械に命令するだけになります。
業界の笑い話として、大変だったExcelでの集計作業などをマクロを使って一瞬で終わるようにしたら「楽をするな!」と上司に怒られたというものがあります。もともとは紙の伝票を電卓叩いて計算していた時代から、スプレッドシートを使うようになり、さらにはRPAを使って転記処理も自動化しようというご時世に、「丁寧に手作業でやれ!」というのは時代錯誤ですね。
プログラマの三大美徳が「怠惰」「短気」「傲慢」と提唱したのは、Perl言語の生みの親、ラリー・ウォールでした。日本語ではあまり良い印象を与えない言葉ですが、プログラマが持つべき資質を言い表しています。特に「怠惰」=全体の労力を減らすためには手間を惜しまない気質は、作業の自動化の動機づけには必要不可欠なものです。
コロナ禍の在宅勤務では、従業員の作業プロセスに細かく目をくばることは出来なくなり、作業の青果物をもって評価せざるを得なくなりました。
かけた時間や一所懸命にやっているプロセスを評価する時代から、アウトプットを評価する時代への移行期とも言えそうですが、プロセスを問わないならば「さっさと終わらせようぜ」というモチベーションに繋がりますね。
「苦労すること自体に価値がある」という考え方もありますが、いい意味での「怠惰」はもっと評価されるべきです。